不動産アセットマネジメント(AM)業界の激務の変化|現場での声は「長時間労働」ではなく、「案件獲得の難易度上昇」「新しい業務領域(ESG等)の拡大」

サマリー

本記事では、現在、不動産アセットマネジメント(AM)業界への転職を検討されている求職者の方、および業界の動向に関心を持つ投資家や実務経験者に向けて作成された包括的な分析記事です。かつて不動産業界、特にAM業界には「深夜までの長時間労働」「激務」というイメージが付きまとっていました。しかし、2023年から2025年にかけての市場環境の変化とテクノロジーの導入により、その実態は劇的に変化しています。

現在のAM業界における「忙しさ」の本質は、物理的な労働時間の長さではありません。それは、「案件獲得(ソーシング)の難易度上昇」に伴う高度な投資判断の連続と、「ESG(環境・社会・ガバナンス)対応」という新しい業務領域の拡大による専門性の深化にあります。

市場は活況を呈しており、2025年上半期の国内不動産投資額は3兆円を超え、年間では6兆円規模への到達が期待されています。しかし、この活況は同時に「優良物件の取得競争」を激化させ、アセットマネージャーには従来以上の「目利き力」と「スピード」が求められるようになっています。また、投資家からの要請であるESG対応は、業務フローを複雑化させていますが、同時に新たなキャリアの可能性を広げています。

本記事では、これらの変化を詳細なデータと共に紐解き、これからAM業界を目指す方が抱くべき「期待」と「準備」について、具体的な求人動向や求められるスキルセットを交えて解説します。これは、単なる業界解説ではなく、変化する市場の中で自身の市場価値を最大化するためのキャリアガイドです。

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アセットマネジメント業界の「今」

1 変わりゆく「激務」の定義

不動産アセットマネジメント(AM)業界への転職を考える際、「激務」という言葉が頭をよぎる方は少なくないでしょう。かつては、膨大な紙資料の整理、非効率な稟議プロセス、そして深夜に及ぶ残業が常態化している会社も存在しました。しかし、現在その風景は大きく変わりつつあります。

多くの企業でテレワークやフレックスタイム制が導入され、物理的な拘束時間は減少傾向にあります。事務職やバックオフィス業務においては、週の半分を在宅勤務とする求人も珍しくありません。では、現場から「忙しい」という声が消えたのかと言えば、そうではありません。声の「質」が変わったのです。

現代のアセットマネージャーが直面しているのは、「終わらない作業」ではなく、「終わりのない思考」です。「どの物件を買うべきか」「どうすればESGスコアを上げられるか」「投資家にどう説明するか」。これらは、マニュアル通りに進めれば終わる仕事ではなく、常に最適解を模索し続けるクリエイティブな業務です。

 

2 本記事の目的と対象読者

本記事は、金融・不動産業界での経験を持つ方や、異業界からAM業界への転身を目指す方(未経験者含む)を対象としています。

「長時間労働が不安で転職に踏み切れない」「自分に務まる仕事なのか分からない」といった不安を解消し、むしろ今の環境変化が「自分のスキルを活かせるチャンス」であることを理解していただくことを目的としています。

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市場環境の分析:なぜ今、「案件獲得」が難しいのか

1 2025年、過熱する不動産投資市場

現場のアセットマネージャーが「忙しい」と口にする最大の理由は、皮肉なことに市場が「好調すぎる」ことにあります。不動産投資市場は、金利動向や地政学リスクへの懸念を跳ねのけ、2024年から2025年にかけて力強い回復を見せています。

JLLの調査によると、2025年上半期の投資額は前年同期比で22%増の3兆1,932億円を記録しました。これは2007年下半期以来の高水準であり、市場に潤沢な資金が流入していることを示しています。

 

2 「買えない」というプレッシャー

資金があるということは、投資家(ファンドへの出資者)からの「早く良い物件を買って運用してほしい」という期待圧力が強まることを意味します。しかし、優良物件の数は限られています。

  • 競争の激化: 一つの売り物件に対し、数十社のAM会社が入札に参加することも珍しくありません。
  • 価格の高騰: 競争が激しいため、入札価格がつり上がり、投資採算(利回り)を確保するのが難しくなります。
  • ソーシング(案件発掘)の重要性: 仲介会社から一般に公開される情報(マーケット情報)だけを見ていては、勝つことができません。水面下の情報(オフマーケット情報)を取得するために、アセットマネージャーは日々、関係者とのネットワーク構築や情報交換に奔走しています。

「良い物件情報が入ってこない」「検討したが他社に負けた」。この悔しさと焦燥感が、現代のAM業務におけるストレスの正体であり、同時に「1件の成約(クロージング)」ができた時の爆発的な喜びの源泉でもあります。

 

3 セクター別のトレンドと戦略

現在、特に競争が激しいのが「オフィス」と「ホテル」です。

 

3.1 オフィス回帰と「選ばれるビル」

東京都心のAグレードオフィスの空室率は、2025年第2四半期時点で2.4%まで低下しました。企業が「出社回帰」を進める中で、人材獲得に有利な「立地が良く、環境性能が高いオフィス」への需要が急増しています。AM会社は、単にビルを管理するだけでなく、テナントにとって魅力的な付加価値(ラウンジの設置、DX対応など)を提案・実行する能力が求められます。

 

3.2 インバウンド需要とホテル投資

ホテルセクターは、インバウンド需要の完全回復を背景に、2024年には取引額が1兆円を突破しました。ホテルアセットは、日々の宿泊単価(ADR)や稼働率を細かく管理する必要があり、AM業務の中でも特にオペレーショナルな知識(運営に関する知見)が必要とされます。

 


新しい業務領域の拡大:ESG対応の最前線

1 「あれば良い」から「なくてはならない」へ

かつて、不動産における環境対応は「コストがかかる義務」と捉えられがちでした。しかし、現在は「資産価値を上げるための投資」へとパラダイムシフトが起きています。

欧州系ファンドや大手機関投資家は、投資判断においてESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みを最重要視します。GRESB(グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク)などの外部評価を取得していない物件は、投資対象から外されるリスクさえあります。

 

2 現場の悲鳴と解決策

ESG対応が「激務」の要因とされるのは、その実務があまりにも細かく、膨大だからです。

  • データ収集の泥沼: 何十、何百という管理物件の電気・ガス・水道の検針票を集め、エクセルに入力する。
  • テナント交渉: テナント企業に対し、省エネデータの開示や、環境配慮型の運用への協力を依頼する。
  • レポーティング: 収集したデータを分析し、投資家向けのレポートやGRESB申請書類を作成する。

これらの業務は、従来のAM業務(収支管理や修繕計画)に加えられた「新しいタスク」であり、現場のリソースを圧迫していました。しかし、ここにも変化の兆しがあります。

 

3 テクノロジーによる業務効率化(Sustainable Starの事例)

業界全体で、この「ESG業務の効率化」に向けた動きが加速しています。その象徴的な事例が、東京ガスが提供するクラウドサービス「サステナブルスター」です。

 

現在、不動産AM会社を中心に約40社がこのシステムを採用しています。これにより、アセットマネージャーは「データの入力」という単純作業から解放され、「どうすればエネルギー効率を改善できるか」という戦略的な思考に時間を使えるようになっています。

ESG対応は、もはや「面倒な作業」ではなく、テクノロジーを駆使して資産価値を高める「クリエイティブな業務」へと進化しているのです。


働き方改革の実態:データで見る労働環境

1 テレワークの定着とハイブリッドワーク

「不動産業界は古い体質だから、毎日出社が当たり前」。そんなイメージは、AM業界においては過去のものとなりつつあります。

パーソル総合研究所の調査によると、2024年7月時点での正社員のテレワーク実施率は22.6%となり、前年同期比で増加に転じました。特に、情報のデジタル化が進んでいるAM業界では、この平均値を大きく上回る頻度でテレワークが活用されています。

  • 集中業務の日: 投資分析やレポート作成など、一人で集中したい日は在宅勤務。
  • コミュニケーションの日: 物件視察やチームミーティング、投資家へのプレゼンは出社や外出。

このように、業務内容に応じて働く場所を自由に選べる「ハイブリッドワーク」が、多くのAM会社で標準となりつつあります。

 

2 事務職・バックオフィスの待遇向上

この傾向は、フロント業務(アセットマネージャー)だけでなく、事務職(アドミニストレーション)の求人にも顕著に表れています。

テンプスタッフの2025年に向けた求人情報を見ると、AM事務の年収相場は370万円〜400万円程度となっており、多くの案件で「土日祝休み」「週1〜2回の在宅勤務」が条件として提示されています。

未経験OKの求人も多く、派遣社員からスタートして、実務経験を積みながら正社員登用を目指すルートも確立されています。これは、業界が慢性的な人手不足にあり、優秀な事務スタッフを確保するために待遇を改善し続けていることの証左です。


キャリアガイド:求められる人材とスキルの変化

1 「根性」から「知性」へ

ここまでの分析から、AM業界で求められる人物像が大きく変化していることが分かります。

かつて重宝された「長時間労働に耐えられる体力」や「理不尽な要求に従う従順さ」は、もはや主要な評価軸ではありません。

これからのAM担当者に求められるのは、以下の3つのスキルです。

  1. 情報編集力と仮説構築力:
    溢れる情報の中から真に価値あるものを選び出し、「なぜこの物件に投資するのか」という論理的なストーリー(投資仮説)を構築する力です。案件獲得が難しい今だからこそ、他社が見落とす価値を見出す力が問われます。
  2. プロジェクトマネジメント力:
    社内の運用チーム、社外のPM(プロパティマネジメント)会社、エンジニアリング会社、そして投資家。多くのステークホルダーの間に入り、それぞれの利害を調整しながらプロジェクトを前に進める力です。特に、ESG改修などの新しいプロジェクトでは、多様な専門家を束ねるリーダーシップが必要です。
  3. 新しい領域への学習意欲:
    ESG、ホテル運営、データセンター、DXツール。次々と現れる新しいテーマに対して、「自分には関係ない」と線を引くのではなく、積極的に学び吸収しようとする姿勢です。

 

2 異業界からの転職可能性

「不動産経験がないと無理」というのは誤解です。むしろ、今のAM業界は多様なバックグラウンドを持つ人材を求めています。

  • 金融機関出身者: 融資業務で培った財務分析能力や、コンプライアンスへの意識は、ファンド管理業務で即戦力となります。
  • 事業会社での企画経験者: 新規事業の立ち上げや、プロジェクト推進の経験は、物件のバリューアップ計画(リノベーションやテナント誘致)の策定に活かせます。
  • IT・テック業界出身者: 業務効率化ツールの導入や、データの利活用に関する知見は、DXが遅れている不動産業界において非常に高い希少価値を持ちます。

 

3 エージェント活用のススメ

現在のAM業界の求人は、「総合職」としての募集よりも、「物流施設担当」「ESG推進担当」「計数管理担当」といった、役割(ジョブ)を明確にした採用(ジョブ型雇用)が増えています。

そのため、求人サイトの表面的な情報(年収や勤務地)だけでは、そのポジションで具体的に何が求められ、将来どのようなキャリアパスが描けるのかが見えにくい場合があります。

「自分はどの領域で勝負できるのか」「どの会社が自分の働き方(テレワーク重視など)に合っているのか」。これを見極めるためには、業界特化型の転職エージェントを活用し、各社の「採用の背景」や「社風」といった定性的な情報を得ることが不可欠です。


結論:激動の時代こそ、チャンスである

不動産アセットマネジメント業界は今、大きな転換期にあります。

「案件獲得の難易度上昇」も「ESG業務の拡大」も、一見すると「仕事が大変になった」というネガティブな要素に見えるかもしれません。しかし、これらは裏を返せば、アセットマネージャーという職業の「専門性が高まっている」ことを意味します。

誰でもできる単純作業はAIやシステムに置き換わり、人間にしかできない「判断」「交渉」「創造」の業務に価値が集中しています。だからこそ、この業界で経験を積むことは、将来にわたって市場価値の高い人材であり続けるための強力なキャリアパスとなります。

「激務」の中身は変わりました。それは、長時間拘束されることではなく、プロフェッショナルとして高い成果を求められることへのプレッシャーです。しかし、そのプレッシャーの先には、数十億、数百億という資金を動かし、都市の風景を変え、投資家や社会に貢献するという、他の仕事では味わえないダイナミックな「やりがい」が待っています。

もしあなたが、安定よりも成長を、作業よりも思考を望むのであれば、今の不動産アセットマネジメント業界は、間違いなく挑戦する価値のあるフィールドです。

変化を恐れず、新しい時代のAM業務に飛び込んでみてください。あなたの経験と情熱を求めている企業が、必ずあります。

 

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参考URL

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⚫︎監修者

bloom株式会社 最高執行役社長 (COO) 小田村 郷

慶應義塾大学を卒業後、三井不動産リアルティ株式会社に入社し、不動産仲介(リテール・法人)の第一線で実務経験を積む。

その後、トーセイ・アセット・アドバイザーズ株式会社に移籍。不動産ファンドのアセットマネジメント(AM)業務を専門に担当し、投資家サイドの高度な専門知識を習得する。

独立後、bloom株式会社に参画。最高執行役社長として、不動産仲介からアセットマネジメントまで、不動産業界の川上から川下までを熟知したプロフェッショナルとして事業全体を牽引している。